パパラギ横浜店 ブログ

遊びのログ

たくさんの目で追求する

この日、片瀬漁協でのブリーフィングは混乱を呈していた。
今回の活動内容はモニタリング調査だけなのでシンプルなはずだった。ところが連休中の海が荒れて作業ができなかったツケが溜まりに溜まり、一日で広大な範囲のモニタリングをこなさなければならなかった。

 

 

 

意見と質問が漁協内を四方八方に飛び交う。朝の8時に始まり、まもなく9時を迎えようとしている。
次第に混乱の原因が“量”の問題だけではないのが見えてきた。
まずモニタリング方法だ。国の予算が絡む活動ゆえ公平性というか正確なスケールでの調査が求められる面と、現場での実用的なデータ収集という面、そして何より効率との折り合いをつけた方法を取らなければならない。確立されていないのでその都度擦り合わせが必要になる。
また、モニタリングポイントが想像以上に複雑で多い。一定の方向を向いたひとつの浜ではなく、360度海に囲われた島を丸ごと調査しなければならない。そのポイントの把握だけでも一筋縄ではいかない。チームを二手に分けモニタリングポイントを15~20分で記録し船に上がる。これを何度も繰り返す。船は一艘だ。常にダイバーがENとEXを繰り返していた。
江ノ島の藻場の変化の全容が掴めておらず、手当たり次第の調査となる。活動と役割に合わせてフレームワーク化されていれば人が入れ替わってもすっきりと作業に入れそうだ。人手が必要なら尚更それは必要になりそうだ。
だが現状は、毎回下書きから書き直すように作業の組み立てが必要だった。戦い方が見えない苦しさが活動の根底にあった。

だが面白いのは参加者それぞれが記録とは別に独自の視点でモニタリングをしていることだ。知識や仮説との照らし合わせをする人もいれば、事態を打開する発見を探す人。どの人もそれぞれの方法で江ノ島の海の変化を形に捉えようとしていた。
何か手がかりは見つかるのだろうか。

いざ、海へ。

海況と道具

5/9(火)ポイント:江ノ島  コンディション:東風強めで水面流れる。境川側は茶色い海、島の反対側は少し改善。
気温:あったかい 水温:18℃
前回の江ノ島での撮影で、ストロボの電気ケーブルが水没した疑いあり。現実逃避でそっとしておいたらなんか直ったっぽいので今回もストロボ装着。水中での挙動に問題なし。
RGBlueの自由雲台ネジが砕けて欠落。メーカーに問い合わせると珍しい事では無いらしい。確かにネジは浅い。ライトと足と、それぞれをスイベルで固定した方が良さそうだ。

考察

「水流」・「水温」・「照度」

江ノ島の藻場を考える時、「水流」と「水温」、そして「照度」が欠かせない。
水流に関しては新・江ノ島水族館の水流のない水槽では海藻の成長が難しいそうだ。
水温は明らかに上昇してきているので影響を無視できない。
照度は江ノ島において明らかに水深5m以深で海藻が激減することから出てきた話である。
また、「アラメ・カジメは黒潮の影響が色濃い沿岸部に多く、透視度が良いため照度が確保できるため」というのが定説らしい。
果たして江ノ島において、海藻が定着しやすい環境とはどう導き出せば良いのだろうか。

 

水産技術センターの試験データ

照度に関して今回、水産技術センターの職員が面白いデータを教えてくれた。ワカメを3m〜8mの深度で養殖した際に、その成長度合いは変わらなかったそうだ。つまり、ワカメの成長に深度は関係無いということだ。
8mの深さでもワカメが成長できるのは、江ノ島が黒潮の恩恵を受け透明度が安定して高いから照度の確保が出来ているのではないかという話だった。
水面から3mくらいまでで海藻が少ないのは黒潮の貧栄養の海水が原因ではないかと。
このデータは今後の調査の前段階のためあくまで参考程度のものである。

 

潜ってきた肌感覚

データで見る海中と肉眼で見た海とどうも齟齬がある。
そもそも水深10mくらいまではカジメ・アラメは平気で分布している記憶がある。
さらに江の浦や熱海など黒潮をあまり感じないポイントでのアラメ・カジメ林の記憶が強い。須崎には行ったことないがどうだったのだろうか。
そして江ノ島でワカメが多いのは0〜3m付近である。5m以深にはワカメはなく、ヒラミルとアラメがところどころ姿を見せる。

そこで水中を見た感覚で「水流」、「水温」、「照度」について好き勝手に考察してみる。

まず「水流」。これは単純に栄養塩の循環のことだと思う。栄養塩の流入と水底の構成物の堆積、これは人工で再現するのは難しいだろう。
次に「水温」。黒潮を引き合いに出されていたが、これは大いに違和感。さらに南に位置する伊豆半島で潜っていても黒潮を感じるのはかなり限定的で瞬間的なものである。海を貧栄養化するほどの作用を与え続けると考えるのは難しい。
水温上昇については温まる理由よりも冷えない理由の方が答えに近いように思う。事実、伊豆半島や駿河湾では親潮の影響が減少しているそうだ。
水面付近の貧栄養に関しては淡水の流入の方が影響がありそうだ。伊豆では狩野川と淡島で影響があるのだから、境川と江ノ島も影響があるだろう。実際、境川側の江ノ島の海は茶色だった。明らかに川の影響である。宮城県女川のホタテ棚で潜った時も淡水の流入で水深5mくらいまではホタテはつかない。
最後に「照度」。深いところでは育たない手っ取り早い理由であるのは納得。その理由は海底の構成物の変化を疑っている。うねりで舞いやすくなったシルトのような浮遊物がずっとモヤのように漂っていると照度は下がるだろう。

栄養塩と海流にヒントがありそうである。

宇宙から見る栄養塩と沿岸から見る栄養塩

北極と南極で冷えた海水が沈み込み、海流が地球全体をめぐる深層循環が起きる。南北のそれは「北大西洋海洋循環」と「南極周極流」と呼ばれる。気候変動の影響で極地の氷塊が海に溶け出し、この海流に影響が出ているのは想像に難くない。
事実、2018年の論文では南極周極流が1990年に比べ急速に増加していると報告されている。
深層循環のポンプに異変が起きれば影響を受けない地域は無いだろう。
日本の東の沖合では黒潮と親潮がぶつかり太平洋へ循環していくが、この「北太平洋中層水」の輸送量が減少していると言われている。
ここからは想像だが、循環が弱まれば栄養塩の供給も減少するのでは無いだろうか。宇宙から見れば太平洋自体の栄養塩が減少しているのかもしれない。
日本全国で海藻が減退している理由の一つなのかもしれない。

別の視点から考えてみる。
沿岸域の栄養塩は外洋の海流に左右されないのでは無いだろうか。潜ってて時々しか黒潮感じないし。
神戸大学、そして北海道大学の調査によると、部分的ではあるが海底に堆積している栄養塩は減少傾向にあるそうだ。
つまり川からの栄養塩の供給がない限り、湧昇流による栄養塩の供給が期待できなくなっていくということだ。
今年、東伊豆では久しぶりにまともな春濁りが起きた。植物らしいグリーンな海だった。ところが同じ頃、西伊豆では変わらず透視度の良い海が続いていた。
かつては西伊豆から春濁りが徐々に反時計回りに半島を巡り、東伊豆にやってくるイメージだった。
こんな調査報告がある。
西伊豆に流れ込む狩野川と東伊豆に流れ込む酒匂川。どちらも栄養塩濃度は減少している。ただし、その減少は狩野川に比べて酒匂川の方が緩やかだそうだ。
川からの栄養塩の流入が鍵となるなら今年の春濁りは説明がつきそうだ。

 

ま、結局なんだかよくは分からないが、変化に気づくためにはたくさんの目で追求していくことが大切なんだと思う。